貯木場の街だった江東区:潮見から見る木場と新木場の「木の歴史」
東京・江東区潮見は、江戸の木場と昭和の新木場のちょうど間にある島です。材木を水に浮かべて貯えた貯木場の歴史、筏師(川並)が残した角乗と木遣を、江東区の公式情報をもとにたどります。
江東区・潮見の北には木場、東には新木場があります。結論から言うと、この2つの地名は、「材木を水に浮かべて貯えておく場所」が江戸と昭和に2回引っ越した跡です。そして潮見は、その引っ越しの道筋のちょうど間に浮かんでいる島です。
町名の由来は潮見の周辺の町名の由来で一度触れました。今回は名前ではなく、「水に木を浮かべる」という暮らしと仕事のほうに目を向けてみます。
江戸の木場は「水の上の倉庫」だった
江東区の公式サイト「江東区のおいたち」では、貯木場を永代島に集めて木場を創設し、元禄14年(1701年)に現在の木場に移転させたと紹介されています。同じページでは、深川地区が区内を縦横に走る河川を利用した木材・倉庫業の町として栄えたとも書かれています。
ここで大事なのは「貯木場」という言葉です。材木は地面に積むのではなく、堀や水面に浮かべて保管するのが基本でした。水に浮かべておけば、運ぶときもそのまま筏に組んで水路を動かせます。木場の街は、いわば水の上に広がる材木の倉庫だったわけです。
運河に囲まれた潮見に住んでいると、この感覚は意外と想像しやすいものです。島の周りの水面を見ながら「ここに丸太が並んでいたら」と考えると、江東区の水辺がもともと仕事の場所だったことが腑に落ちます。
筏師(川並)が残した2つの文化財
水に浮かぶ材木を扱ったのが、筏師です。木場では「川並(かわなみ)」とも呼ばれました。その仕事から生まれた芸能が、いまも江東区の文化財として受け継がれています。江東区の公式情報で確認できた内容を表にまとめます。
| 名称 | どんなものか | 指定・登録 | 保存団体 |
|---|---|---|---|
| 木場の角乗(かくのり) | 水に浮かべた角材に乗り、鳶口一つで乗りこなす仕事の余技から発達した芸能 | 1952年11月3日 都指定/1981年3月31日 区登録 | 東京木場角乗保存会 |
| 木場の木遣(きやり) | 材木を操るとき、息を合わせるために即興の詩をつけて歌った労働歌 | 1981年3月31日 区登録/1995年3月27日 都指定 | 木場木遣保存会 |
角乗は丸太ではなく角材を使うため、丸太乗りより高度な技術が必要とされ、演技には葛西囃子が速いテンポで添えられると紹介されています。演目には地乗り、相乗り、唐笠乗り、扇子乗り、梯子乗りなど、名前を聞くだけで情景が浮かぶものが並んでいます。
木遣は、木の大きさによって異なるフシ(間)が生まれたとされ、いまは祝儀の場などで歌われているそうです。どちらも、水の上の重労働を「息を合わせる技」に変えてきた人たちの記憶です。
昭和、貯木場は沖へ:新木場の誕生
江戸のころは海に近かった木場も、周りの埋立が進むにつれて内陸の街になっていきます。江東区の地名由来の説明では、新木場は昭和47年11月1日に14号埋立地を区に編入した地で、木材流通基地の整備にともない、昭和48年から木場地区の木材業者の大部分が移転してきたと案内されています。
新木場の貯木場は、小島によって北の「14号地第1貯木場」と南の「14号地第2貯木場」に分かれているとされています。ただ、丸太のまま木材を輸入する時代ではなくなり、貯木場の水面の多くは使われなくなっているとも言われています。
木材業者が移ったあとの木場の跡地は、のちに都立木場公園として整備されました。歩いて行く道のりは潮見から木場公園まで歩くに書いています。
潮見から「木の歴史」を感じる歩き方
潮見の中に貯木場の跡があるわけではありません。それでも、島の位置を意識すると、江東区の木の歴史を一本の線で見ることができます。
- 北へ橋を渡って枝川を抜けると、江戸の木場の跡地である木場公園へ
- 京葉線で1駅東へ行くと、昭和に木場が移ってきた新木場へ
- 新木場では、国産材を多く使った木材会館の外観を眺められる(潮見から新木場へ)
北の木場公園と東の新木場を同じ週末に回ると、「江戸の木場」と「昭和の木場」を1日で行き来することになります。その間に自分の住む島がある、というのは、潮見に暮らしているからこそ味わえる距離感です。
まとめ:運河の水面は、かつての仕事場
江東区の運河や水面は、いまでは散歩や夕景の場所です。けれど少しさかのぼると、そこは材木を浮かべ、筏を組み、声を合わせて働く場所でした。角乗や木遣という形で、その記憶はいまも受け継がれています。
潮見の運河沿いを歩くとき、水面に並ぶ丸太と、その上を軽やかに渡る川並の姿を一度だけ想像してみてください。見慣れた景色が、少し違って見えてくるはずです。
※本記事は江東区公式サイト(江東区のおいたち、地名由来、民俗芸能の紹介)などの公開情報をもとに、掲載時点でまとめたものです。年代や呼び名は資料により異なる場合があります。